「おお、帰ってきた帰ってきた!」
「マカちゃん! いきなり飛び出していくから、心配したんですよ!」
「なにかあったのか?」
マカとふたりでアパートに戻ると、置いてけぼりにしちまった仲間たちが、俺たちを出迎えた。
「うん、ごめん。大丈夫だから」
ふっきれた表情で、マカが笑う。
さっき・・・あの、路地裏で俺の胸の傷に手をあてたマカ。
右手を俺の胸にあてて、じっとうつむいて。
なんでそんなことをしたのか、なにを思っての行動か、俺にはわからない。
でも、顔を上げたマカは、目を泳がせることもなくなった。
シュタインと言葉を交わすマカの横顔は、俺が怪我をする前の、強いマカに戻っていた。
ったく、たまには俺に泣きごと言ったって、いいのによ。
ひとりで悩んで、ひとりで立ち直って。
でも・・・そんなマカを、愛しく思う。
「じゃ、マカ、ソウルくーん。行ってきまーす」
仲間たちを帰した深夜、ブレアはチュパ・キャブラスへとバイトに出かけていく。
それを、ふたり並んで玄関先で見送った。
「・・・ねえ、ソウル」
パタン、とドアが閉まると、マカがツインテールをぶんっと振って、勢いよく俺のほうに向き直った。
「ん?」
「キズ・・・見せて」
「なんで。見て気持ちのいいモンじゃねェだろ」
俺は、眉をひそめた。
保健室で、俺の傷を見て顔を背けていたマカが、そんなことを言い出すとは、意外だった。
俺だって、傷を人に見せて喜ぶような、そんなおかしな趣味は持ち合わせちゃいない。
「うん。だからこそ、だよ」
彼女の深緑の瞳は、深い決意をたたえていて。
俺は、しぶしぶシャツの裾をまくり上げた。
マカが、一度言い出したら絶対それを取り下げないことは、よく知ってるしな。
左肩から、右のわき腹まで一直線に切り裂かれた傷跡は、博士の手によって縫合されている。
一応、安静期間は過ぎたものの。糸はこのままにしておいたほうがいいだろう、との弁だ。
それほど深い傷だったってことだ。
あの一太刀は・・・そして、俺の心の中にも、“恐怖”という傷を、刻んでしまった。
「ソウル・・・」
マカは、じっと傷跡を目で追う。
「やめろよ、マカ。そんなに見るモンじゃ・・・」
言いかけた俺は、思わずびくりと言葉を切った。
マカの冷たい指が、俺の傷跡を撫でている。
その遠慮がちな感触が、俺を震わせた。
「まだ、痛む?」
「いや、もう、痛くはねェけど・・・」
「ごめん」
「だからッ、・・・お前の、せいじゃないって、言ってんだろ・・・ッ」
のけぞった俺の背中に、壁が触れる。
廊下の冷たい壁と、冷たいマカの指に挟まれて、身動きができない。
「私、もっと強くなるから」
マカはそう呟くと、
俺の傷に、
唇を、
つけた。
「―――や、めろッて!」
歯を喰いしばり、柔らかで温かいその感触に耐える。
羞恥で、顔に熱がのぼっていく。
きょとんと俺を見上げるマカ。
「・・・あ、やっぱり、痛い?」
「ちがッ・・・う・・・、でも」
「ソウル?」
マカは不思議そうに首を傾げるが、その顔がまともに見られない。
「そうじゃなくてッ」
「だったら、じっとしてて」
マカが、
傷に、
舌を、
這わせた。
「―――!!」
俺は、胸の上まで上げたシャツを、きつく握りしめる。
痛いんじゃない、・・・なんだよ、この痺れにも似た・・・
舌が動くたびに背中を駆けのぼる、この快感は!
「傷が早く治るように、おまじないだよ」
そう囁くマカの熱い息が、俺のむき出しの肌を弄る。
肩のほうから、丹念に縫い目に沿って舌を這わせ・・・
そのマカの唇が、わき腹に到達したとたん、俺は堪えきれずに声をあげていた。
「―――ああッ、」
俺の口から出た嬌声に、驚いたように唇を離すマカ。
「ソウル?」
俺は、真っ赤になった顔を見られたくなくて、そっぽを向くが。
見上げるマカは、俺のそんな様子を見て取ったのか。
驚きの表情から、スッと色を変えて。
「もしかして、・・・感じてる?」
ふふっと笑った。
軽くひそめた眉と、きゅっと上がった片頬が、いつものマカとは違う表情を作る。
「違うって、そうじゃなくて・・・って、くッ」
俺の胸に再び唇をつける、マカ。
さっきまでの優しいやり方じゃなくて、そう、俺がマカに口付けるときのような、荒々しいやり方で。
その刺激に、俺は言葉を出せずに、ただ呻く。
「マカ・・・!」
「ごめんね、こんなつもりじゃなかったんだけど・・・ソウル、可愛いんだもん」
マカの舌が傷跡を行き来すればするほど、快感が全身に染み渡っていく。
それはいつしか下半身に集中して。
気づけば、固くなったそれは、マカの指先にくすぐられていて。
そこから与えられるうずきと、傷から与えられるうずきで、俺は不覚にも身をよじって悶えた。
「マカっ、だから、やめろって」
「やだ。やめない」
俺が訴えるのを、マカは妖しい微笑みでさえぎる。
「やめて欲しくないくせに。ソウル、強がってる」
そう言って、マカが、俺のスウェットに手をかけた・・・
「ソウルくーん、マカー、たっだいまぁ!!!」
「・・・!?」
ぱっとマカが俺から離れる。
この辺の反射神経のよさは、さすが職人だよな。
素早く反応したマカとは逆に、俺はシャツをまくりあげたまま、呆然とブレアを見つめていた。
「ニャニャ? なにしてんの、ふたりとも」
ブレアが、俺とマカの顔を見比べて、ニヤ~ッと笑う。
「お邪魔だったかニャ?」
「違うって! ソウルが、傷がうずくっていうから、ちょっと見てあげてただけだよ! ね、ソウル!」
さっきまでの余裕はどこへやら、顔を真っ赤にしたマカが俺を睨みつける。
俺も、慌てて首をタテに振った。
「そ、そうそう。ほら、傷開いてたらオオゴトだし・・・」
「ふぅ~ん」
まだ疑わしそうなブレア。ま、無理もねェけど。
そんな彼女の気をそらそうと、マカが慌てて話題を変える。
「ブレア、バイト行ったんじゃなかったの?」
「うん、今日はヒマだから、帰っていいよって言われちゃったニャ」
「あっそ・・・」
「さ、もう一回オフロ入ろ~っと♪」
ブレアは、ぽいぽいと服を脱ぎながら、浴室に閉じこもる。
閉まったドアを何気なく見ていると、ぎゅっと耳を引っ張られた。
「いでで、なんだよ、マカ」
いたずらっぽく笑ったマカは、素早く俺に口付けた。
「ソウルの性感帯、見つけちゃったみたいだね」
「・・・っ、お前ッ!」
思わず叫びかけた俺の胸を、彼女はシャツの上から指の先でなぞる。
一瞬走るその快感に、言葉を飲む俺。
く、くそっ・・・COOLじゃねェ!
オンナに襲われて、声まで出して・・・しかも、これじゃ抵抗もできねェ!
でも、楽しそうに笑うマカの顔を見て、俺は口元を緩めた。
「いっつも襲われっぱなしじゃ、なーんかシャクだったんだよね」
そう言って俺を見つめるマカの、鮮やかに輝く瞳とサディスティックな笑顔は。
・・・それはそれで、魅力的だったから。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
あとがき
結構前から考えてたネタです。
実は、ソウルはあの傷が性感帯なんですっていうネタ・・・それを、マカが攻めてみたりするっていう。
ブレアは、展開の自主規制のために、チュパ・キャブラスから呼び戻されました(笑)
自主規制というか、書ける自信がなかったとも言う。
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