「おいマカ、早くしねーとおいてくぞ」
キッチンに、すっかり支度を終えたソウルが顔を出す。
「ちょっと、待ってよ。もう少しでできるんだから!」
私がおたま片手に返事をすると、ソウルは軽く舌打ちしてドアの向こうに消えた。
もう、誰のために作ってると思ってんのよ!
クロナとみんなでピクニックをしよう、と提案したのは、もちろん私。
ブラック☆スターと椿ちゃんも大賛成してくれて。キッド君たちとは都合が合わせられなくて、残念だったけど・・・
ピクニックといえば、お弁当じゃん?
クロナが、少しでも笑ってくれればいいなと思って。
だから、昨日の夜から、一生懸命お弁当の準備をしてたんだ。
そう、元はといえば、クロナの為だったんだけど・・・
「何、弁当? どうせ椿も作ってくるんだろ、お前ひとりでそんなに作らなくたって、足りるって」
学校帰りに、ソウルに付き合ってもらって買い物をした。
夕方のスーパーマーケットは、呼び込みや、お客さんのおしゃべりで、賑わっている。
「うん。でもさ、足りなかったりしたらやっぱり寂しいじゃん。ブラック☆スターは大飯喰らいだし、ラグナロクもかなり食べるし」
「・・・あー。あいつらは、腹に入りゃ何でもいいんだろ」
ソウルは、カートを押しながらぼやいた。
そこに、卵、ブロッコリー、鶏肉、パン、とお弁当に使えそうな食材をポイポイ放り込んでいく。
「えーと、あとは、何作ろうかな」
私が、これまでのレパートリーを頭に思い浮かべて考えていると、ソウルが言いだした。
「なぁ、マカ。あれ作ってくれよ。トマトソースでさ、豆と、ひき肉入ってるヤツ」
「え、チリビーンズのこと?」
「ああ、それそれ」
チリビーンズは私の得意料理のひとつで。みじん切りにした玉ねぎと適当な野菜をひき肉と炒めて、トマトソースと大豆入れて煮込む料理だ。
簡単だけど、スパイスを何種類も使う味付けがポイント。
「でも、あれってお弁当には向かないじゃない」
正直言って、ソウルがリクエストしてくれたのは嬉しかったんだけど・・・ウチで食べるときは、シチューみたいにスプーン添えて出すくらいだから。
私が言うと、ソウルは残念そうに細い眉をひそめた。
「あァ・・・そっか、そうだよな。じゃ、また今度」
言い終わったときは、もうソウルは歩き出していて、肩越しに私にひらひらと手を振っている。私は、その背中を追いかけた。
・・・今度、のために、ひき肉を手に取って。
その夜、お弁当の下ごしらえをしながらも、ソウルのリクエストが頭から離れなくて。
卵を割りそこなったり、ブロッコリーを茹ですぎたり・・・失敗ばっかり。
それでもなんとかキリをつけて、ベッドに入っても、全然眠れない。
ソウルが、私の料理を、イイと思ってくれてるのは、知ってた。
絶対残さず食べてくれるし、おかわりしてくれるときもある。
・・・美味しいときは、そう言って、ニッて笑ってくれる・・・
その笑顔を思い出した私は、なんだか恥ずかしくなって、布団にもぐりこんだ。
それでも、口に出して何かをリクエストしてくれたのって・・・初めてなんだよね。
私は、がばっと起き上がった。
よし、作っちゃお。
しっかり煮込んで、水気飛ばして。で、朝食用に買っておいたパンと一緒に持ってって、ディップみたいにすればいいじゃない?
まだ窓の外は真っ暗だったし、結局ちっとも眠れなかったけど。
・・・食べてくれる人の笑顔を想ったら、全然平気!
私はガッツポーズをして、パジャマのままキッチンに向かった。
お弁当はほぼ完成して、あとはチリビーンズを仕上げるだけ。
私は、煮込んでいる片手間に身支度も終えて、キッチンに立っていた。
「おい、まだかよ? 待ち合わせしてんだろ?」
「分かってるってば。そんなに心配なら、ソウル先行ってていいよ」
何度もキッチンを覗きに来るソウルに、ついイライラして、私が言う。
ソウルは、一瞬ムッとしたように口を曲げると、ぷいっと踵を返した。
「そーかよ。じゃ、先行ってるからな」
バタン、とキッチンの扉が勢いよく閉じる。
・・・あ、またやっちゃった。
売り言葉に買い言葉で、私とソウルがこうなることって、よくある。
・・・私の言い方も悪かったけどさ、ホントに置いてくことないじゃん。
ナベの中のチリビーンズをかき混ぜる手に、思わず力が入った。
長い時間かけて煮詰めただけあって、味も、煮込み加減もいい具合に仕上がってたけど・・・
ソウルがあんなんじゃ、なんか・・・むなしい。
ソウルのために、作ったのに・・・
「ま、いっか。だって、今日のピクニックは、クロナのためなんだもん」
そう、ソウルはついで。
リクエストしてくれたから、お弁当のついでに作っただけ。
私は、自分に言い聞かせて。
保温性のあるお弁当箱にチリビーンズを詰めて、大きなバスケットを持つと、家を飛び出した。
外は暖かくて、気持ちがいい。
街路樹から透ける陽射しがまぶしくて、足取りも軽くなる。
重いはずのバスケットも、全然気にならないけど・・・まったく、ソウルのヤツ。
荷物持ってやるとか、言ってくれたっていいじゃん。最後まで何も手伝ってくれなかったし。
私はバスケットを持ち直して、腕時計を見た。
うわ、ヤバッ!
ほんとに待ち合わせに遅れちゃう!
バスケットを揺らさないように走るのって、結構難しいけど、しょうがない。
手元を気にしながら小走りする。
新しいスニーカーが、地面を踏むたびにキュッキュッと鳴った。
バスケットの中でガサガサ動くお弁当箱を、目隠しにかけたナフキンの上から押さえて、ふと顔を上げると。
街路樹の下のベンチに、頭をこっち側にして、人が寝そべっているのが見えた。
軽く立ててセットした銀髪。
・・・ソウルだ。
徐々に走るスピードを落として、立ち止まる。
待っててくれたんだ。
銀色の髪に降り注ぐ木漏れ日が、きらきらしてる。
ソウルが、私の気配に気づいて、目を開ける。眩しいのか、片目だけ半眼にして、私を見上げた。
「遅ェよ」
「・・・ゴメン」
その小憎たらしい顔を覗き込むと、ツインテールにした髪が頬のあたりに落ちかかってくる。私は、それを片手で押さえて微笑んだ。
そのまま、かがんで・・・
そして、そっと、ソウルの鼻の頭にキスした。
「ほら、それよこせよ。とっとと行くぞ」
「うん!」
バスケットをソウルに渡して、ふたりで並んで歩き出した。
腕が触れ合うか、触れ合わないかのビミョウな距離。お互い、前を向いたまま言葉を交わす。
「・・・で、うまくできたのかよ」
「・・・知ってたの?」
「分かるよ、ニオイで」
「そっか、そうだよね。ニンニクも使うし」
「それに・・・お前、さっき味見してきただろ」
「あ、ニンニク臭った?」
私が、パッとソウルのほうを向いて照れ隠しに笑うと。
「じゃなくて」
立ち止まったソウルが、無造作に私の口元を唇を寄せた。
「トマトソース、ついてる」
バスケット、ソウルに渡しておいてよかった。
もし私が持ってたら、絶対落っことして、お弁当台無しにしてた。
「旨いよ」
すぐに顔を離したソウルが、私から顔を背けると、先に立って歩き出す。
斜め後ろから見る横顔が、赤くなってる。
私は忍び笑いを漏らして、ソウルの一歩後ろを、スキップ気分で追いかけた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
あとがき
リクエスト、というタイトルをつけましたが、別に誰かからのリクエストって訳ではありません。
ソウルからマカへのリクエストって意味です。
どんなメニューをリクエストさせるか迷いましたが、卵焼きは椿ちゃんのほうが得意そうだし・・・といろいろ悩んだ挙句、自分の得意料理にしちゃいました!あはは(笑)
ハードな曲が好みですが、あのEDは好きです。どんなに本編がしんどい回でも、和みました。
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